自動車リサイクル日産スキーム

日産協定を徹底解剖 自動車リサイクル戦略 前編

いわば面従腹背!? スキームを実行するD商店

次に訪ねたD商店は、A社とほぼ同じタイミングで日産のスキームを始めているという。A社がわずか1ヶ月のトライアルで取りやめたのに対し、D商店は「現在も続けており、当分続ける予定だ」という。同業者からは「かなり熱心に取り組んでいる」という評判を得ているが、その実態はどうなのかを取材するため訪れた。D商店は、周囲が住宅街のため回りを高い塀を張り巡らせてはいるが、想像以上にコンパクトなヤードで、早朝にもかかわらず2名の従業員がエルグランドをばらしていた。

協力対価

『解体業者の役割と協力対価の流れ図。「協力対価」という文字が見える。その「協力対価」が当初6,000円台だったことを示している。』

昭和8年生まれの父親の代から始まった自動車解体業を息子の社長が引き受けて営業している。15年ほど前までの解体業者の経営者は、どちらかというと気難しい感じの親父の風情だったが、代替わりしたのと社会的な立ち位置の変化から、彼はごく普通の受け答えをしてくれる。

ここの社長も、実にフランクで初対面とは思えないほど親しみを感じさせる。守秘義務もあるので、どれだけ対応できるか・・・と事前に電話で伝えられていたのだが、笑顔で迎え入れてくれた。それこそいささか拍子抜けしたほど。この工場も、9月まで続いたスクラップ・インセンティブまでは猫の手を借りたいほど入庫台数があったが、現在はピーク時の1/3の月約60台しかないという。そのうちの約3割であるほぼ月に約20台が日産スキーム関連の仕事だという。

解体業者の役割

『販社から引き取った廃車の実績をそのつど、日産に報告するなどの流れ。実績報告をWEB上で行う。』

「昨年の9月ごろまでは月にトータルで180台ほどクルマが入ってきていた。日産車の比率は6~7割、多い時には8割になっていた。うちの場合は神奈川日産という販社約18拠点から使用済み車両の引き取りがあるんです。この部分がだいたい現在では3割の20台で日産スキームの車両です。ご承知の事情で入庫台数ががくんと減っているので、この20台を断ると経営が危うくなる。でも、それ以上日産スキームの車両が増加すると、台当たり利益が小さいので、経営が危なくなる」

つまり背に腹は変えられない状況だというのだ。取材の時、筆者が持ってきたコピー(ペーパー)を指差して「お宅が持っているコピーを昨年6月ごろ日産の販社を通して受け取ってきた。それから1ヶ月経った頃だったか、7月に日産の関係者が3人、うちにやってきて契約を交わしてください、とかなり強い口調で提案があり、お盆が終わった頃に、とりあえず協定したんですよ。当初は、アルミホイールや内装のトリムなども素材として取り外す協定の中に入っていたのですが、トリムは途中から不要となり、アルミホイールもタイヤを取り外し、アルミホイールのみの状態ということだったのですが、外した後のタイヤの処分費用は彼らの考えに入っていないことが分かるなど、こちらからみるとかなりいい加減な感じでした。でも現在では、アルミ素材であるエンジン、ラジエーター、コンデンサー、それにワイヤーハーネス、足回りの甲山、触媒、それにもちろんガラなどを分別しています」

ところがスタートしてみると新たな課題が見えてきたという。その一つが引き取り費用である。

「日産の販社は、ここからかなり遠いところにあるケースもある。たとえば三浦半島にある市街など往復で約70キロ。高速代3,000円、軽油代2,000円が余計にかかる。そこで、交渉した結果、解体手数料8,000円の他に2,000円上乗せしてくれましたよ。それにスクラップ納入先に運ぶ費用も上乗せしてくれることになり、なんだかんだで、台あたり1万1,000円ぐらいになっています。当初は解体手数料が6,000円だったのだから、日産のスキームは完全なものだとは向こうも考えていないし、こちらも考えていない・・・」

なかなかしたたかなところもある2代目である。ただし、この日産のスキームがこれ以上増えれば経営が圧迫されるという認識は崩していないようだ。

「これが全国に広まったら大変なことになる。どうにか神奈川県でせき止めていかないと。表向きというか文書では協定という対等のビジネス関係だが、中身は下請け化であることは明白です。ですから向こうからはもっとやってくれと盛んに言われているのですが、こちらは突っぱねているのが現状です。むろん彼らは紳士的な物言いですよ・・・」

これって“面従腹背”・・・そんな4文字熟語が筆者の頭に浮かんできた。

どんな時代、どんな領域、たとえば政治でも芸術でも学問の世界でも、「時流に乗って威張る人」と「時流の乗って威張る奴に鼻面を引き回される人たち」が、あっという間にマジョリティにのし上がり、気が付けば後戻りできないところにきていた・・・ということがある。古くは、日本が太平洋戦争に突入したのもそんな流れだった。

D商店の社長に、いくらか駄目押し気味に、こんなコトを聞いてみた。「今回の日産のスキームでためになったことがあるとしたらどんなことですか?」

「すると言葉を探すように・・・ためになったこと? そうですね、メーカーである日産の人と話ができたことですかね」

これまで、モノづくりの上流の日産の社員とは正直一度も真正面から話をしたことがないという意味が言外ににじんでいた。「購買部の人、それにそのまわりに日産トレーディングとか日産クリエイティブサービスといった関連会社のスタッフ、計10人程度が今回のスキームに関わっていて、週1度ミーティングをしているようですが・・・」

日産トレーディングとは、自動車部品とその原材料/資材の輸入を目的に日産自動車の全額出資会社として1978年に設立された企業で、トヨタ自動車における豊田通商のような存在と考えれば分かりやすい。日産クリエイティブサービスというのは、総合サービスサポート企業と名乗る日産自動車サービス関連企業10社が2004年に合併したもの。自販機のオペレーションや保険業務、ビジネストラベルのマネージメントなど幅広いサービスを行う企業で、日産のスキームではこの中の「環境・エンジニアリングサービス部門」がその担当者のようだ。

契約関係

『日産スキームの全体の契約図。お金の流れとモノの流れ、それに協定書がそれぞれに交わされる・・・という図だ。解体業者には「解体協力対価」、販社には「協力対価」、スクラップ引き取り業者の加工事業者には「加工業務対価」がそれぞれ、日産から支払われる。』

今回の日産のスキームの大きなビジョンは、「資源高騰への対応」である。廃車を「新車の資源として活用することで、自動車の製造原材料を確保」し、「コスト競争力を確保」し、「新たな採掘を低減する」こと。日産という自動車メーカーが「製造からリサイクルまでを一貫して取り組むことで、環境負荷の低減、有効利用率の向上」を目指すというものだ。

そこで、「皆さん、特に日産車の自動車解体に携わってきた業者さん、どうぞこの趣旨に賛同してこのスキームにご参加ください」というのが表向きの計画なのである。21世紀が環境の世紀である以上、このコンセプトに真正面から異を唱えられる人はまずいない。

将棋で言えば、先手を指された格好である。でも、イニシャティブはあくまでも自動車解体業者が握っている。逆にいえば、日産のスキーム以上の正義を自動車解体業者なりが打ち出せればいいのである。だが現実には弱小企業の集まりである日本の自動車解体業者にそれが求められるのか、という向きが多い。そこから思考停止となるのだが・・・。

月刊自動車リサイクル2011年3月号

後編につづく >

筆者紹介/広田民郎(ひろた・たみお)

1947年3月、三重県生まれ。工業高校の工業化学科から早稲田大学の第二文学部とかなりの変節的経歴を活かし、メカニズムとメンテナンス、モノづくりをテーマにすることが多い自動車ジャーナリスト。自動車専門誌などでエンジニアのインタビュー記事、モノづくりの世界の取材・執筆。おもな著書は「解体ショップとことん利用術」「解体パーツまるごと活用マニュアル」「改造車検をパスする本」(以上、講談社)「ハンドツールバイブル」「クルマの歴史を作った27人」「オートバイのユーザー車検」「ユーザー車検完全マニュアル」「20年20万キロを持たせるメンテの極意」「図解・トラック入門」「クルマの改造○と×」(以上、山海堂)「自動車整備士になるには」「運転で働く」(以上、ぺりかん社)「モノづくりを究めた男たち」「自動車リサイクル最前線」「エンジンパーツこだわり大百科」「メカを知りメンテの挑戦」「自動車の製造と材料の話」「トラックのすべて」「バスのすべて」(以上、グランプリ出版)など。とりわけ、自動車リサイクルをテーマにした単行本とMOOKは計10冊を数える。昭和メタルのサイトで、クルマとメンテナンスを主なテーマに月2回のブログ(http://seez.weblog.jp/car/)を展開中。

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