Q.成績が優秀だった整備士を工場長に抜擢したが、工場長就任後は期待したほどの成績が上げられなったため、近々降格を考えている。とはいうものの、過去に降格処分をしたことがないため、どのように対処したらよいだろうか?
- 「昇給」「ベースアップ」等で、給料をどのように上げるか、という相談に対し「社員の成績が良くないので給料を下げたい」「懲戒処分に該当することを行った社員の給料を下げたい」などのご相談も多く寄せられます。
法的な根拠なく給料を下げることは労働条件の不利益変更に当たり、法的に禁止されています。そこで、その根拠として「降格させて、給料を下げたい」というご相談に至るわけです。
降格とは、「部長」から「課長」に下げるなど「肩書き、または、職務等級を下げることを言う」と定義され、また降格には「人事権行使としての降格」「懲戒処分としての降格」の2つがあります。
「人事権行使としての降格」は、就業規則等に明確な根拠規定が「無くても」できますが、雇用契約において職位が限定されている場合は、これを下回る降格はできません。職位の引下げが契約上許される範囲内でも、通常の範囲を逸脱し、社会通念上著しく妥当性を欠く場合には、権利の濫用として無効になります。この場合の権利の濫用の成否は、業務上の必要性の有無、程度、社員側における能力、適性の欠如等を総合的に考慮して判断されます。「懲戒処分としての降格」は、就業規則、雇用契約書等でルール化されていないと実行できません。つまり、「人事権行使としての降格」は就業規則に定めがなくても有効ですが、「懲戒権行使としての降格」は就業規則に定めがないと無効となります。人事権行使としての降格に関する裁判を紹介します。
<アメリカン・スクール事件>
東京地裁 平成13年8月31日
施設管理部の部長が学校の出入り業者から、仕事発注の見返りに多額の謝礼を受け取っていました。学校の許可なく多額の謝礼を受け取ることは就業規則違反とし、戒告を受け、人事異動でアシスタントマネージャーに降格となり、減給されました。ただし、就業規則に降格の記載はありませんでした。施設管理部の部長は「就業規則に降格の記載が無いので、降格処分及び減給処分は無効」であると裁判に訴えました、
裁判所の判断
就業規則に降格の記載がなければ、懲戒処分はできない。しかし、社員の能力、資質に応じて組織の中で役割を定める人事権行使による「施設管理部長としてふさわしくない」という降格処分は妥当であり、減給処分の理由会社が勝訴しました。
この裁判を詳しくみてみると
〇降格処分は妥当な範囲のものである
〇降格処分、減給処分には理由があり、かつ、処分の程度も妥当
〇人事権の裁量を逸脱、濫用するものではなく、有効
ということです。
まとめると、就業規則に定めがない場合でも、「人事権行使としての降格」は許されるということです。しかし、人事権の濫用による降格は認められません。これに関する裁判があります。
<バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件 東京地裁 平成7年12月>
〇同社は合理化が必要だったので、管理職に協力を求めた
〇課長は合理化に対し、消極的だった
〇同社は多くの課長職を降格させ、その課長も降格となった
〇元課長は受付業務を命じられ、自ら退職した
〇元課長は「受付への配転は違法」として裁判所に訴えた
そして、裁判所の判断は以下となったのです。
〇採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格等の人事権は会社が有し、人事権は会社の判断で行使される
〇社会通念上、著しく妥当性を欠く人事異動は違法
〇受付業務は契約社員が担当していて、勤続33年の課長を異動させる場所ではない
〇職場にいたたまれなくなり、自ら退職の決意をさせる意図の下にされた措置ではないかと推察される
〇元課長の人格を傷つけたとし、違法な行為である
〇会社が負け、慰謝料100万円の支払いが命令された
結果として、極端な降格や異動は人事権の行使であっても、この判決のように違法となってしまう可能性があるのです。
ですから、人事権の行使による降格は、下記のことをチェックする必要があります。
〇合理的理由があるか?
→降格の理由が社員に説明できるか?
→他の会社等の事例などと比較して同じレベルか?
〇降格の前例はどうなっているか?
→例:部長から課長へ 前例あり → 降格しやすい
→例:部長から係長へ 前例なし → 降格は厳しい
ですから、合理的な理由が明確で、前例等があれば「人事権行使としての降格は有効」となるのです。また、降格させる場合、事前に組織図を明示して、ポジションにリンクする「責任の範囲」をはっきりさせておけば、社員から「給料が下がったから不利益変更だ」と言われても、問題はありません。
とはいえ、人事権行使による降格は懲戒処分の降格とは違い、明確な基準が無いことも事実です。そのため、人事権行使が「妥当な範囲のもの」なのか?、それとも、「濫用に該当するのか?」を十分に吟味し、専門家に相談しながら、進めていくことが重要なのです。