パワハラ

これってパワハラ?

自動車整備士のお仕事・労務について労務相談室

せいび界2014年2月号Web記事

Q、これってパワハラ?

全員でも捌ききれない台数のクルマで溢れているのに、帰宅しようとする整備士がいた。もう少し手伝うように指示を出したら、「もう就業時間は終わりだし、残業代は要りません。それでも残れって言うのはパワハラじゃないですか?」と言われてしまった。

最近は「パワハラ」という言葉だけが一人歩きしているような気がするが、どこまでがパワハラでなくて、どこからがパワハラなのだろうか?

A、

最近、パワハラに敏感な企業が増えていますが、敏感になり過ぎていて部下に注意できない上司が増えているという話もよく聞きます。
また、人事考課の制度として360度評価※を採用しているため、部下に言いたいことも言えなくなっている上司もいます。
※上司が部下を評価し、部下も上司を評価するような制度

結果として、部下に「その発言はパラハラです」と言われ、その後は何も注意できない上司もたくさんいるのです。そこで、「どこまでが指導、叱責しても許される範囲ですか?」というご相談が多いので、ここで整理してみましょう。

まずは、パワハラのポイントは2つあります。

○職場内の優位性を利用して行われる
→上司から部下、先輩から後輩など、職務上の地位や人間関係が優位な者から下位の者に行われる

○業務の適正な範囲を超えて行われる
→業務の適正な範囲の指導、叱責ならパワハラではないが、それを超えればパワハラとなる

このポイントがベースにあり、具体的な例としては以下のようになります。

○みんなの前で上司から大声で怒鳴られた
○毎朝、挨拶しても無視される
○処理しきれない量の仕事を無理矢理やらされる
○自分にだけ仕事が回ってこない

などです。

この中で「怒鳴られた」という事実だけが取り上げられてパワハラとなるかというと、そうではありません。その全体の状況等を検証してみないと、パワハラかどうか分からないのです。
これに関する裁判があります。

<前田道路事件 高松高裁 平成21年4月23日>

○Aは平成15年4月に営業所長として赴任
○Aは平成15年5月ごろから架空出来高の不正経理を 開始
→営業成績を上げるためのカラ売上
○平成15年6月に上司が不正経理の一部に気づき、A を指導し、Aは是正することを約束し、翌年初め頃に是正完了を報告した
○平成16年6月にAの不正経理が継続していることが 発覚し、再び1,800万円の架空出来高の計上が明るみ となる
→上司は、「去年もやっていて注意しているのに、何やっているんだ!」と【注意】した
○平成16年8月に別の上司が、この営業所の工事日報が 作成されていないことを見つけた
○平成16年9月10日の業務検討会で上司がAに対し、 1,800万円の架空計上等について営業所全員の前で【叱責】した
→「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならないぞ」と発言
○Aは平成16年9月13日に自殺した
○Aの自殺後にその他の不正(架空受注、原価未計上) も判明
○Aの妻は不正経理の指導、叱責は違法であると裁判 を起こした

そして、松山地裁(平成20年7月1日)の判断は以下のようになりました。

○業務検討会の際に「辞めても楽にならない」旨の 発言をして叱責したことは、不正経理や工事日報の 指導の範囲を超える
○Aの自殺と叱責との間に相当因果関係がある
○Aに対する上司の叱責などは過剰なノルマ達成の 強要あるいは執拗な叱責として違法
○損害賠償3,000万円を容認

とし、会社が敗訴となったのです。

これに対して、高裁判決(平成21年4月23日)では遺族側の請求が否定され、会社が勝訴しました。

○上司から架空出来高の計上等の是正をするように 指示されたにも関わらず、1年以上が経過した時点 でも是正がされていなかった
○上司らがAに対して不正経理の解消や工事日程の 作成について、ある程度の厳しい改善指導をする ことは正当な業務の範囲内
○Aに対する指導、叱責は社会通念上、許容される 業務上の指導の範囲
○Aの自殺と叱責の因果関係はない
→Aの自殺を予見できるものではなかったとなったのです。

この裁判では地裁と高裁の結論が大きく異なっていますが、それは「上司の叱責に至る経緯、理由の事実認定※」が異なったからです。※【事実】がどうであったかということ

地裁では、
○架空出来高(カラ売上)を別の売上で解消するこ とは不可能
○「解消しろ」と叱責したのは厳しいと判断し、違法としました。

これに対し、高裁では、
○架空出来高(カラ売上)を別の売上で解消することは可能
○1年近くも上司が不正経理等の是正を求めたにも 関わらず、その改善が見られなかった経緯は重いと判断し、違法性を否定しています。
そして、高裁で注目されたのは、
○部下に対して繰り返し指導するも、その改善が見られない場合は、ある程度の厳しい改善指導は上司のなすべき正当な業務
○上司が部下に対して厳しく叱責することは、指導経緯によっては違法

とされたことです。

その一方、激しい罵倒、人格攻撃などによる叱責などは認めていない点も十分に留意する必要があります。
このようにパワハラに関して、裁判ではその背景を必ず検証しますので、怒鳴ったなどの発言だけで不法行為ということにはならないのです。今回の高裁判決でも、「繰り返し指導して改善されない場合は、ある程度の厳しい指導をすることは上司の業務」となっています。
厳しい指導とはケースバイケースでしょうが、「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならないぞ」という発言も指導の範囲となっています。
いかがでしょうか?一番いけないことは、「パワハラと指摘されたくない」として、指導ができなかったり、中途半端になることです。そうなると、改善されるものも改善されなくなって、結果的には上司と部下とのコミュニケーションが悪くなってしまうのです。
そういう時こそ大きなミスが発生しやすいので、きちんとした指導を行いましょう。怒り方には注意すべきですが、【敢えて】他の社員の前で怒る、注意することも事故防止のための牽制効果としては必要なことです。必要以上にパワハラを気にする必要はないのです。

 

ライター紹介

内海正人:日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役
主な著書:”結果を出している”上司がひそかにやっていること(KKベストセラーズ2013)、管理職になる人が知っておくべきこと(講談社+α文庫2012)、上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)、今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方!(クロスメディア・パブリッシング2010)

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