自動車リサイクル日産スキーム

日産協定を徹底解剖 自動車リサイクル戦略 後編

最後に、渦中にある「神奈川県自動車リサイクル事業協同組合」に聞いてみた。答えてくれたのは、副理事長の大橋岳彦氏(51歳)。大橋さんは、月に300~400台弱を処理する横浜の大橋商店の社長であり、かつ中古部品の全国ネットNGP日本自動車リサイクル事業協同組合の理事長で、しかも日本ELVリサイクル機構の副理事長でもある。八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をする、この業界の若手のリーダーである。

この組合(神奈川県自動車リサイクル事業協同組合)は、神奈川県下の90社近い自動車リサイクル事業者の組合で、解体業者の親睦、地位向上だけでなく、より良い自動車リサイクルのあり方を求めて、行政や自動車リサイクル促進センターをはじめとする関連団体などへの働きかけを行っている組合だ。

そこで大橋さんには、「神奈川県自動車リサイクル事業協同組合」の副理事長としての立場でお話を聞いた。当初から今回の日産スキーム問題に頭を悩ませている人物の一人でもあるからだ。日産の販社から入手した例の10数ページのペーパーが出回ったのは、昨年の7月頃だ。そこで、日産の販社と取り引きが比較的太い12社が集まり、話し合いを持ったという。

この時点では、「完全に断ったら、以後車両の入庫がなくなるのでは・・・」という警戒心から「儲からないけれど、とりあえずやるしかない」という結論を得たという。12社でも日産車が入庫台数の半数以上を占めている業者は少数派ということもあり、「とりあえず付き合いでやってみるか」となったようだ。そこで、先に取材したA社とC社がまずトライアルでスタートし、A社が「とてもやれない・・・」として脱落したという。

この日産スキームの手法がもし自動車メーカーの垣根を超え、全国的に広まれば自動車解体業者への震度5ともなる大事件。危機感を抱いた大橋さんは、自身が副代表を務めるELV機構と理事長を務めるNGP組合員各社に“発信”したという。

これに前後して、昨年、8月だったか、9月の初めか、経済産業省の会議室で、この問題をテーマにして会合を持った。参加したのは日本ELVリサイクル機構の栗山代表、同事務局長の多田さん、北海道のELV副代表の伊丹伊平さん、それに大橋さん。日産のリサイクル室の永田さん、リサイクル促進センターの代表かつ自工会の宍戸さん、それに経済産業省リサイクル室の初沢さんなどだった。経済産業省がいわば行司役となり、事態の落しどころを探ろうとしたのだ。

「その場では、とにかく日産はトータルでの自動車のリサイクルをやりたい」という意思を示していたという。特に業者側と日産側が約束をするということにはならなかった。「ただ、日産側のそれまでのゴリ押しでも何とかスキームを遂行したいというムードは多少後退した」という印象を大橋さんは持ったという。

大橋副理事長の話が続く・・・。

「こうした話し合いの中で感じたのは、日産の担当者は、自動車解体の仕事を単純労働でしか見ていないようだ。このスキーム全体の印象は誰が見ても搾取(さくしゅ)の構造にしか見えません。細かいことを言えば例の経済産業省の会議室でのミーティング以降、会社(解体業者)ごとに条件を変えたり単価を引き上げたり一部変更したりして、ゴリ押しの態度が和らぎ何とかスキームを成立させ事業として成長させたいという思惑があるようですが、その印象はどうも行き当たりばったりで、物事のあるべき状態についての基本的な考え、つまり理念というかビジョンが感じられない」

ビジョンなど最初からなかったのか? 最近の状況を説明してくれた。

「2011年1月現在で、神奈川県下で、このスキームが運用されているのはわずか50~70台と聞いています。これぐらいの数ではトライアルとしての参考データも取れないと思いますよ。現在このスキームに協力している解体業者は、車両の入庫が止められるのではないかという恐怖から仕方なくやっている方が大部分だと思います。

日産が、本当に欲しい資源があれば、明快にこちらに伝えてもいただき、次いで納入先も指定して市価で取り引きしたらどうでしょう。これなら、何も日産系の解体業者に絞り込むことなく広く資源を得ることができます。そもそもWIN-WIN(ウイン・ウイン)の関係でないと事業は長続きできないですよ。

日産スキームの中にある指定品目を加工して自動車メーカーに戻すという手法がありますが、資源が途中で粉砕されたりするわけで、トレーサビリティができない、それが自動車リサイクルの現場なんですから。ですから、日産の方に提案しています。視点を変えてもう一度スキームを再構築してくださいと伝えているのですが・・・。」

こうした説明をしても日産の担当者とは平行線のままだという。大橋さんは、このスキーム自体が法的にも問題があるのではないかとも考えているようだ。

「というのは、元々、自動車リサイクル法は所有権の問題で、引き取り業者→解体業者→破砕業者という流れがあります。この中で、日産はどういう役目をするのか、どう絡んでくるのか? このスキームを遂行すると、いつの間にか、日産に所有権が移ることになりはしないか。となると収益の横取りでもあり、優越的地位の乱用にもなりかねない」

なるほど、自動車解体業者から見えると・・・分かりやすくいえば、いわばこのスキームは、弱い者いじめであり、パワーハラスメントではないか、というわけだ。「今まで付き合いのある販社から直接、この話があったとしたら、これまでの付き合いの中で恩義もあるので、それなりに理解できる部分もあるかもしれない。今回のスキームは販社を飛び越えいきなりネクタイをしたえらい人が机の上で考えたプランを押し付ける。どうしても感情的に受け入れることができないですよ」そんな意見を筆者に伝えた業界人もいる。

日産よ覚醒せよ!藤井理事長の見解

日産よ覚醒せよ!藤井理事長の見解

最後に、「神奈川県自動車リサイクル事業協同組合」の理事長である藤井信之氏(74歳)に聞いてみた。戦前からの横浜での解体業を知る人物で、現在は「入丸商事」という建設機械と大型トラックを中心とした解体業を営む。正直、小型車を取り扱っていないので、このスキームについては肌感覚で捉えていないのでは? そんな危惧をいだいたのだが、直接お会いして話を聞くとそんな心配は吹き飛んだ。

「われわれ自動車解体業70年の歴史の中で、今回のスキームほど大きな課題を突きつけられたものはないと言いきれる。それほど自分としては危機感を持っています。例のペーパーの初頭に謳い上げる再資源化のコンセプト、これは大賛成ですよ。誰しもが反対ではないでしょう。だけど、中身をご覧なさい。協力対価(きょうりょく・たいか)とある。この言葉自体がそもそもインチキで、日産の狙いは、あくまでのこちらに賃仕事をさせる心積もりなんだよ。

しかも、あちこちですでに聞いていると思うけど、ざっくり言って台当たり8,000円。引き取り時間を含めないで手バラシだと1台当たり2時間30分ですよ。日産の工員さんが時間当たり幾らもらっているか正確には知らないけど、こちらは電気代や燃料代、土地代やら何から何まで自前で、1時間3,200円でやれというそんな無鉄砲なコトをよく言うと・・・。

しかも、有価物は自由に販売してもいいけど、アイテムによって目方と価格が決められていて、目方が足りない分はその目方分お金で戻せと・・・調べてみるとその設定された目方自体にも疑問符が付く・・・とにかく、向こうは立派なビジネスだと考えているかもしれないが、これはわれわれからすればビジネスでもなんでもない」

でも、既に伝えたように日産系の解体事業者は今のところ、一部協力しないところもあるが、おおむね動いてはいる。ただし、2月取材時点ではその量たるや少なく、肩すかしを食っている業者もいる。

日産側は、とりあえず3月(年度末には使用済み車両がどっと発生するから!)までのトライアルで遂行するとのことなので、組合としては推移を見守っているのだが・・・

この藤井さん、長年、解体業を生業としてきた人物だけに、筆者が思いもよらなかった盲点を指摘してきた。盲点とは、もちろん日産のスキームの盲点だ。

「ペーパーの7ページの表を見てごらんよ。彼らの言葉で言うと“委託販売対象部品”というのだが、この中でゼロ円というのが3つある。タイヤ、燃料、液類だ。この中で、燃料(ガソリン)は解体業者には販売できない。もし闇で売れば手が後ろに回る事態になるからね。だから自家消費といって自分のところのクルマの燃料として活用している。ところが、あとの2つ、タイヤと液類。タイヤは、中古部品としては売れればいいけど、通常は廃棄物として処理費が発生するものだから・・・」

たしかにその通りである。藤井さんの話は、さらに核心を突く。

「もうひとつの液類は具体的にはLLCとウィンドウウォッシャー液なんだけど、これも廃タイヤ同様に専門業者に引き取ってもらう時に処理費用が発生する。具体的にうちの場合で言えば、リッター20~25円でLLCの処理費用を負担している。つまり、この廃タイヤと液類はゼロではなくマイナスなんだよ、マイナス。

このコトを彼らはまったく分かっていない。あるいは知ってて推し進めているのか。ゼロ円ということは、日産自らがLLCをドブにでも捨ててもいいよ、といっているようなものなんだよ、われわれから見れば・・・。となれば、“環境負荷の低減”ではなく、彼らがやろうとしていることは“環境負荷の増大”ではないか。これまで何度も日産の人とは話し合いを持っているのだが、実は一度もこのことについては触れてこなかった。さっき言った通り3月まで静観する予定なので、それでも向こうがスキームの大幅な見直し案を示さなければ、横浜の日産本社の真新しい玄関に使用済みのLLCをブチ撒こうと考えている。覚醒させるには、そのくらいの覚悟なんだ」

不謹慎ながら、横浜の真新しいショールームに赤色と青色が混ざり合った毒々しい色をした使用済みエチレングリコールが、撒かれた様子を思わず想像してしまった。心情は分からないでもないが、無論これは藤井さん一流のブラックユーモア!?

最後に藤井さんは、おもむろにFAXの束を見せてくれた。「この日産のスキームは酷いから取りやめて欲しい、という声は神奈川県だけでなくこの動きを知った全国の自動車解体屋さんから来ていますよ。既にこのスキームを1ヶ月やってやめた業者からもその事情を詳細に書いた文書が届いています」

藤井さんの鋭い語気を帯びたせいか、筆者の昔の体験が今に繋がった。19年前、『解体ショップとことん利用術』を手に過剰に反応した名物広報マンのM氏と、今回のスキームを考え出し推進しようとする日産マンたち。前者は恐怖、後者は高飛車。一見異なるように見えても、実は自動車解体業という世界を本当の意味で知らないということで通底(つうてい)している。その意味では、両者とも、自動車解体業にきちんと向き合ってこなかったともいえる。あるいは、こういう形でないと向き合えないのかも?

日産は、元々、橋本増治郎(はしもと・ますじろう:1875~1944年)が東京での保有台数が300台にも満たなかった時代に夢を抱き、初めて国産車の製造に乗り出し艱難辛苦の末、1914年にダット号を完成させ、それが日産コンツェルンの創始者・鮎川義介(あゆかわ・ぎすけ:1880~1967 年)により日本初の量産乗用車ダットサンへと結びつく。

そんな誇りある自動車メーカーが、日本の自動車産業を支えて続けてきた静脈部とも言われる解体業者をチカラづくでねじ伏せようとしている。日産の輝かしき歴史とは整合せず、紳士的な手法ではない。そんな自動車メーカーが社会の支持を得られるものだろうか?

なお、このスキームを含め「日産の自動車リサイクルへの取り組み」というテーマで、日産への取材を申し込む予定。次回はその回答などめぐり、さらに深くリポートできると思う。

月刊自動車リサイクル2011年3月号

筆者紹介/広田民郎(ひろた・たみお)

1947年3月、三重県生まれ。工業高校の工業化学科から早稲田大学の第二文学部とかなりの変節的経歴を活かし、メカニズムとメンテナンス、モノづくりをテーマにすることが多い自動車ジャーナリスト。自動車専門誌などでエンジニアのインタビュー記事、モノづくりの世界の取材・執筆。おもな著書は「解体ショップとことん利用術」「解体パーツまるごと活用マニュアル」「改造車検をパスする本」(以上、講談社)「ハンドツールバイブル」「クルマの歴史を作った27人」「オートバイのユーザー車検」「ユーザー車検完全マニュアル」「20年20万キロを持たせるメンテの極意」「図解・トラック入門」「クルマの改造○と×」(以上、山海堂)「自動車整備士になるには」「運転で働く」(以上、ぺりかん社)「モノづくりを究めた男たち」「自動車リサイクル最前線」「エンジンパーツこだわり大百科」「メカを知りメンテの挑戦」「自動車の製造と材料の話」「トラックのすべて」「バスのすべて」(以上、グランプリ出版)など。とりわけ、自動車リサイクルをテーマにした単行本とMOOKは計10冊を数える。昭和メタルのサイトで、クルマとメンテナンスを主なテーマに月2回のブログ(http://seez.weblog.jp/car/)を展開中。

 

 

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