熊本大学大学院人文社会科学研究部(法学系)・環境安全センター長
外川 健一
1.はじめに
2025年4月25日、大学の仕事の隙間時間に北九州エコタウンを訪問する機会があった。定点観測しているつもりであったが、北九州エコタウンに立地する自動車解体業者への訪問は2年ぶりであった(と、現地で対応してくださった自動車解体業者の方々が口々に指摘してくださった。ここへ進出して以来、エコタウンの自動車解体業者はいつも親切にかつ丁寧に、その時点の自動車リサイクルの問題や課題を訴えてくださっている。本当にありがたいことである。
移転直後の最大の苦情は、すぐそばにある石炭の貯炭場から出てくる粉塵だった。環境産業の集積地であるエコタウンで、このような粉塵公害の中での労働はシャレにならない。北九州エコタウンの解体業者のメンバーは、他のエコタウン立地企業とともに、北九州市にこの対策を求めた。現在は石炭貯炭場に高い防塵壁を設けるなど対策を講じているが、それが万全であるかは、毎日ここで働いてはいない筆者にはわからない。
次に市内からこのエコタウンに移転してきた後述の北九州ELV企協同組合エコタウン事業を振り返る。研究室の書棚に、関満博編著(2009)『エコタウンが地域ブランドになる時代』、があったので改めて手に取った。ここでは全国のエコタウンのうち10都市の当時の取り組みに関して紹介していた。なお、この時代にはまだ「サーキュラー・エコノミー」とか「脱炭素」という用語はほとんど用いられていない。(当日は「低炭素」という用語は使われ始めており、北九州市も早速それをキーワードに様々な取り組みを行っていた)というわけで、国産の「循環型社会」が同書キーワードとなっている。そしてエコタウンの承認は、2005年の 大阪府、三重県四日市市、愛媛県を最後にストップしている。その後、2001年から開始された産業クラスター計画(経済産業省・文部科学省)によって、地域における環境産業集積を促進し、地域経済の活性化を目指す政策の波に、とくに北九州エコタウンは乗ろうとしたが、2009年の民主党政権下の「事業仕分け」により、国からの直接的な支援が打ち切られてしまった。
その後、環境省は2010年から全国エコタウン会議などを実施し、より高度なモデル化事業の推進を各エコタウンが情報交換しながら進めようとしたが、中央政府からの財政的バックアップはプロジェクト型の「低酸素」に関する研究が主となり、この会議も2016年度を最後に行われなくなった。そしてこの年から地域循環圏の形成やエコタウンの高度化に取り組む地方公共団体を対象に、地域資源の循環利用及び低炭素化に役立つモデル的な取組を進めるために実現可能性調査(F/S)を支援する「地域循環圏・エコタウン低炭素化促進事業」を実施しているというが、自動車リサイクル一般はこのような動きの恩恵に預かれるのかというと、一般的にはほとんどないといえよう。
図1 日本のエコタウン事業 ※2005(平成17)年以降の承認地域はない。
資料)平成22年版環境・循環型社会・生物多様性白書
図1をみていただくと、いくつかのエコタウンが複数のリサイクル事業を展開しているが、これは経産省もしくは環境省(エコタウン事業開始当初は、通産省もしくは厚生省)から補助金を受けた事業名であり、北九州エコタウンではこのほかにも数多くのリサイクル事業や環境産業が立地(撤退も多い)されている。それらは北九州市のエコタウンの入り口にあるエコタウンセンターに行けば、ここにどのような工場や施設が立地しているかをすべてパネル等で紹介している。
北九州市エコタウンセンターのウェブサイト: https://www.kitaq-ecotown.com/
また図1から北九州市以外のエコタウンは、大牟田市、水俣市と3つであるが、これらの年は戦後の高度経済成長を支えた企業城下町であったこともわかる(北九州市=日本製鉄、旧新日鐵 or 八幡製鐵、大牟田市=三井三池炭鉱、水俣市=チッソ、旧新日窒)。そして日本全国で暗い影を落とす少子高齢化が、九州でも進んでいる地域であるともいえる。
5月1日は水俣病患者第1号の女の子が、チッソ病院の医師から水俣保健所に届け出された「水俣病の日」である。昨年は、環境大臣が水俣病患者(未認定患者を含む)の声を聴く会で、患者側の発言の際にマイクの電源を切る嫌がらせを官僚がするも、当時の環境大臣は「私はマイクが切れていたとは認識していなかった」と信じがたい発言をしたのは記憶に新しい。環境省はメンツの回復のため、今年2024年は4月30日と5月1日の2日間にわたって大臣訪問、患者の慰霊祭を行った。しかし、マイクオフ事件には謝罪を繰り返すも、水俣病患者の認定の方法に関しては、従来のやり方を変えるつもりはないと答えた。また、住民が求める広域的な健康診断も、環境省は自分たちの考える小規模なものとして行いたいと考えているようである。このように、イベントは何とか穏便に進めたい、そして依然と認定患者を増やしたくないと環境省は必死のようだが、そのために水俣に通うお金があるのなら、集団検診をきちんと、病理学的に再開するなど、水俣病の病理の解明を進めてほしいものである。
実は水俣エコタウンは、1995年の村山首相の自社さきがけ政権下の政治決着で、水俣病の認定・非認定に関わらず、患者として訴え出たものは基本的に一律260万円を支給するというものであった。高齢化が進み、明日の生活もままならない多くの患者が泣く泣くこの条件をのんだ。当時の私は、これで水俣病問題はある程度終わったと感じていた。そして2001年水俣エコタウンはスタートし、環境モデル都市としての再生が謳われた。しかし関西に就職等で移住した未認定の水俣病患者は訴訟を続け、2004年に最高裁で勝訴し、チッソや熊本県、国(環境省)の過失を認めた。しかし、その後「私もそうだ」と訴える未認定患者に対して特措法が施行されるも、この段階でも多くの患者が取り残されたのである。行政は司法から責任を指摘されても、何ら責任を取らない恐ろしい構図である。この行政を変えることができるのは政治家であり、その政治家を選ぶのは国民である。いよいよ困窮化し、トランプ政権下のアメリカに翻弄される日本。7月の参院選は、私たちの民主主義国家の一国民としての在り方が試されるのかもしれない。
さて、ここでどうしても触れておきたいのが大牟田市のエコタウンである。その目玉がRDF発電事業であったことが問題であった。すでに循環型社会の段階でも、廃棄物の抑制:Reduce が最も重要な政策課題であったのに、ダイオキシン問題でごみ焼却炉の建て替え等を迫られた福岡県、熊本県の自治体がごみ固形化燃料であるRDFを生産し、大牟田エコタウンの立地した大牟田RDF発電にて処理し、発電事業をするというアイディアであった。しかし発電事業で重要なのはコンスタントな発電であり、停電は現代生活にとって絶対避けるべき事態である。このため安定絵的にごみ固形化燃料を必要とする=ごみを輩出することが前提となっている事業だったのだ。しかも発生する焼却灰の処理を如何に処理するかという課題を残したまま、政策主導でスタートしたこのプロジェクトは当然失敗に終わった。(同社は2023年に解散し、その施設はJFEエンジニアリングが引き継いでいる。)
Youdou 組合のメンバーが問題として訴えたのが、朝晩の交通渋滞であるこれは若戸トンネルの完成で幾分緩和されたが、依然として朝晩のラッシュ時は渋滞するそうだ。また、この付近には本当に中小の工場しかなく、食堂がないのも非常に不便である
図2 北九州エコタウンの位置図。
自動車リサイクル業者は、右下の地図の総合環境コンビナート響リサイクル団地内に立地し、エコタウンセンターや最後に紹介するアステック入江などは、実証研究エリアに立地している。
資料)北九州エコタウンセンターウェブサイト https://www.kitaq-ecotown.com/docs/ecotown-pamphlet-ja-2019.pdf より。
2.再び北九州エコタウンの設立当初を振り返る
北九州エコタウンは、1990年代に北九州市の再興を政策課題として挙げた、末吉興一(元建設官僚)がイニシアチブをとって、環境モデル都市北九州を環境産業の集積地としたい思いから、当時廃棄物問題にあえいでいた日本において、リサイクル産業の集積地を立地させようとする、環境産業振興事業である北九州市自身による、地域振興事業としてエコタウン事業がスタートする以前に構想は固まっていた。
そして、まずは容リ法、家電リサイクル法、そして自動車リサイクル法に対応した工場を、このエコタウン内の総合環境コンビナートに立地させた。このうち家電リサイクル工場は、東芝のイニシアチブで建設・運営されてきたが、興味深いのは家電リサイクルのAグループ・Bグループ共同の指定工場であり、このような例は全国的にまれである。経産省・環境省が北九州エコタウンの家電リサイクル工場をモデルとして、家電リサイクル法を軌道に乗せたかった意気込みを感じるし、また北九州市も国の政策を上手に追ってリサイクル工場を建てた。そして容リ法対応の工場及び自動車リサイクル法対応の工場は日本製鉄(当時は新日鐵)の関係会社が創業したものであった。その自動車リサイクル法対応工場が西日本オートリサイクル(通称:WARC)である。また、北九州市内で当時操業していた既存の解体業者も、自動車リサイクル法への対応と、リサイクル産業の集積の利益を求めて、北九州市の強い要望もあって7業者が移転し北九州ELV企協同組合協同組合を結成した。図3にエコタウン内のリサイクル団地の自動車リサイクル団地周辺の地図を示すが、エコタウンの敷地内は他にも多くの環境産業が立地している。
図3 北九州エコタウンにおける自動車リサイクル工場、WARCの配置状況と周囲に立地するリサイクル工場
出典)北九州ELV協同組合、WARC 提供資料より
西日本オートリサイクル:WARCを定点観測する
WARCは、設立前からシュレッダーダスト問題は、シュレッダーを使うから問題が発生するのだという意識の下、シュレッダーダストを出さない工程を開発した。この方式はWARCの親会社である吉川工業(日本製鉄のスクラップを扱う企業)の名前をとって、吉川方式、あるいはシュレッダーレス方式と呼ばれた(図4)。当時の自動車の主成分は鉄であり、その鉄源として不純物を徹底的に精緻な解体によって取り除けば、親会社である日本製鉄(八幡)が、ほぼ鉄分である廃車ガラを引き取ってくれるという構造も背後にはあった。
このときWARCが開発した解体工程であるシュレッダーレスの工程は、いわゆるインバース・マニュファクチュアリングと呼ばれるもので、自動車がベルトコンベアに乗せられながら生産されるが一般的ならば、解体もその逆行程でもコンベアシステムで解体していくというものだった。この方式の開発が始まったのは1990年代後半のことであり、2000年にはほぼそのコンセプトは固まっていた。
北九州エコタウンのポリシーである「住民等、社会への公開」を意識して、このラインは全体を高い位置に設置された見学場で観察することができた。ただ、この工程は環境にやさしいかもしれないが、ラインに乗った使用済自動車を人海戦術でばらしていくため、人間が不自由な姿勢を取らないといけない工程も少なからず見られた。日本の製造業の強みは静脈産業でも活かされつつある。WARCは解体ラインの活かせる点は活かしながら、2000年代に入ってから広く普及した自動車解体機(俗称ニブラ)も導入し、全部利用に欠かせない銅分の除去を念頭に置いて、新しいリサイクル工程にしていたのである(図5)。
図4 KAIZEN前のWARCのライン式自動車解体プロセス(吉川方式、シュレッダー方式)
出典)https://warc.co.jp/recycle/ より。(2025年4月20日閲覧)
図5 KAIZEN後のWARCのハイブリッド自動車解体プロセス(新たなシュレッダーレス方式)
出典)WARC提供資料。
このように現在はWARC式ハイブリッド解体方式により、銅分をしっかり0.3%以下に収めることに成功している。しかし昨今の温室効果ガス排出問題に直面し、大手転炉が電炉業に参入するような状況の中、今後、電炉での使用を見据えて、更なる銅分の少ないサイコロプレスの製造に係るKAIZENが試みられているという。
3.さまざまな実証研究事業に積極的に参加する意味
さらに指摘しておきたいことは、WARCでは成立当初から、各工程での様々なデータ収集を続けており、国や福岡県、自動車リサイクル高度化財団の実証試験に応募しつつ、工場の整備も含めて、その時々の政策課題に向けた正確なデータを提供し続けている。
例えば自動車リサイクル法の5回目の見直しは本来もう行われている予定であるが、次年度の新しい移動報告システムの導入と、樹脂を中心としたスクラップインセンティブ制度は、2026年度から開始される予定である。そのスムーズな開始と採算性を確認するためにWRACでは、様々な取り組みを行っている。その代表例として、2023年度一般社団法人サステナブル経営推進機構主催(財務省、農水省、経産省、国交省、環境省共催)の第4回エコプロアワードにて、北九州ELV協同組合といその株式会社とともに行った「北九州エコタウン連携による廃車由来ポリプロピレン樹脂の高度再資源化」事業で奨励賞を受賞した内容を紹介したい。
バンパーや内装材をはじめとする樹脂類は、そのまま輸送するのは非常に効率が悪いので、破砕機を導入し、北九州ELV協同組合加盟企業で取り外された樹脂類もWARCに設置されたバンパー、内装材それぞれの専用破砕機で破砕し、同じ北九州市若松区内にある再生樹脂メーカーいその株式会社に輸送し、経済性を保ちつつ、再生樹脂としていようできるかを実証したのである。このスキームを図6に表す。
図6 北九州エコタウンにおける、使用済自動車から発生したバンパー、内装材を原材料とした再生樹脂の効率的な製造スキーム
出典)WARC提供資料
この事業の結果、再生樹脂製造メーカーである、いその株式会社による評価では、内装PP樹脂に関しては、高品位な原料で自動車用部品材料として使用可能だが、バンパーの場合は、異材混入が無い状況であることが確認されたが、塗装片があるため自動車用部品材料としては、用途の制限があるという評価がされた。
また、採算性に関してもスクラップインセンティブの多寡にもよるが、これだけ集積した地域で連携して行うならば、何とか収益性は得られる可能性があるという結果が得られた。
なお、自動車リサイクル高度化財団の実証事業のうち、矢野経済研究所が「自動車由来樹脂リサイクル社会実装」として行ったものに参加し、ASRの低減に向けた同社の取り組みが紹介されている、なお、この実証研究は北九州エコタウン以外の解体業者等でも行われており、各地域での、それぞれの手法での結果は同財団のウェブサイトで公表されている。
https://j-far.or.jp/wp-content/uploads/2023report_YRI.pdf
WARCではこのほかにも、最近では2023年度から2024年度の経産省の連携事業「自動車リサイクルにおける再生材利用拡大に向けたPOPs含む廃プラの高度選別技術実証事業」、
環境省の「長寿命用途のバイオプラスチック素材開発と資源循環のライフサイクル実証事業」にも参画し、設備の更新を行いながら、現場でのデータを収集している。
また、環境省の令和 4 年度脱炭素型金属リサイクルシステムの、早期社会実装化に向けた実証事業の研究として三菱マテリアルが申請した「北九州地区での全体最適LIBリユース・リサイクル技術・システム実証」に、北九州市に立地する日本磁力選鉱とともに参画し、日産リーフの安全な取り外し方を研究・開発してきた。また、ニッケルやコバルトが正極材に使われていないLFPのような車載用電池が主流になると、リサイクルの経済性はほとんどなくなることを危惧されていた(図7)。
https://www.env.go.jp/content/000126682.pdf 参照。
図7 「北九州地区での全体最適LIBリユース・リサイクル技術・システム実証」の実施の全体図
出典) https://www.env.go.jp/content/000126682.pdf p. 2より引用。
近年、北九州市もエコタウンの活用が再検討し始め、その中でも2022年4月に、トヨタ自動車九州㈱とカーボンニュートラルに関する連携協定を締結し、車載用蓄電池の3R(リビルド・リユース・リサイクル)実現に向け、人材交流を含めた勉強会の実施や、エコタウン企業などの地域 企業と連携した取組みを進めてきた。
その結果、今後、廃棄量の増加が予想される車載用蓄電池リチウムイオン電池について、トヨタ自動車九州㈱、日本磁力選鉱㈱、西日本オートリサイクル ㈱が連携してリサイクルするFS(事業化可能性)実証が、2024年2月から スタートしている。
4.まとめにかえて
以上、北九州エコタウンの立地するWARCを中心に、北九州ELV協同組合をはじめとする、同業種・さらにはそのほかのリサイクル業との連携による集積の利点について振り返った。輸送コストが増加する中、このような既存のシステムを活かすことは、現在まさに求められている。