車が「これからバックします」を路面で伝える時代へ
クルマが後退するとき、後方の路面に図柄(マーク)を映し出して「いまから下がりますよ」と周囲に知らせる――。そんな新しい安全装備が、いよいよ日本のクルマに搭載できるようになります。
国土交通省は令和8年(2026年)6月4日、道路運送車両の保安基準等を改正し、**「車両後退表示投影装置」**の装備を可能とすると発表しました。
聞き慣れない名前ですが、要は後退時に車両後方の路面へ図柄を投影するライトのこと。スーパーや駐車場でのバック時に起きやすい歩行者・自転車との接触事故を防ぐ、新しい安全テクノロジーとして注目されています。
車両後退表示投影装置とは?──「光のサイン」で後退を伝える
車両後退表示投影装置とは、自動車が後退するときに車両後方の路面へ図柄を投影することにより、歩行者や自転車利用者など周囲の交通に対して「後退している」ことを示す灯火です。
従来、後退をまわりに伝える手段は主に2つでした。
- バックランプ(後退灯) … 白色の灯火が点灯する
- バックブザー … 「ピーピー」という警報音が鳴る
これらに加わる第3の手段が、今回の「路面への図柄投影」です。
音が聞こえづらい環境や、ランプの点灯に気づきにくい状況でも、足元の路面に映し出された光のサインで視覚的に後退を伝えられる点が大きな特徴。歩行者や自転車にとって直感的に分かりやすく、未然の事故防止につながると期待されています。
「歩きスマホ」「イヤホン」が当たり前の今だからこそ
この装置の効果が特に発揮されるのが、周囲の音や動きに気づきにくい歩行者に対してです。
たとえば、スマホを見ながら歩いている人。視線は手元の画面に落ちていて、まわりのクルマの動きまで目が届きません。あるいは、イヤホンやヘッドホンで音楽を聴いている人。バックブザーが鳴っていても、その音は耳に届いていないかもしれません。
歩きスマホもイヤホンも、もはや街なかの日常的な光景です。こうした「音に気づけない」「視野が狭くなっている」人が増えているなかで、足元の路面に図柄が映れば、下を向いていても視界の端で異変に気づける可能性が高まります。耳ではなく目に、しかも自然に視線が向きやすい足元へ訴えかける――。従来のブザーやランプを補う有効な手段として期待される理由がここにあります。
なぜ今、解禁されたのか?──国際基準との調和(WP.29)
今回の改正の背景には、国際的な安全基準との調和があります。
国土交通省は、自動車の安全基準について国際的な整合を図りながら、安全性確保のために順次、拡充・強化を進めています。今回の改正は、**国連自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)**における国際基準の改正を受けたものです。
WP.29は、自動車の安全・環境基準を各国で共通化していくための国際的な枠組み。ここで定められた新しい基準を日本の保安基準に取り込むことで、メーカーは世界共通の仕様で安全装備を開発・搭載しやすくなり、結果としてユーザーが先進安全技術の恩恵を受けやすくなるというわけです。
改正のポイント:保安基準に新たな規定を追加
今回の改正の主な内容は、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象装置 | 車両後退表示投影装置(後退時に車両後方の路面へ図柄を投影する灯火) |
| 改正内容 | 自動車への備付けを可能とし、備えた場合の要件を規定 |
| 関係条項 | 道路運送車両の保安基準 第40条の2 関係 |
ポイントは、これが**「義務化」ではなく「装備可能(任意)」**である点です。すべてのクルマに必ず付けなければならないわけではなく、装備する場合に満たすべきルール(要件)が定められたという位置づけになります。
光の色・図柄・投影位置などが無秩序になると、かえって周囲を混乱させたり、他の灯火と誤認されたりする恐れがあります。そうした事態を防ぐため、装備する場合の要件をきちんと規定したかたちです。
対象となる車種は?
今回の規定の対象となるのは、以下を除く自動車です。
- 二輪自動車
- 側車付二輪自動車
- 三輪自動車
- カタピラ及びそりを有する軽自動車
つまり、一般的な乗用車・トラック・バスなど、大半の四輪自動車が対象になります。
公布・施行スケジュール
| 区分 | 期日 |
|---|---|
| 公布 | 令和8年(2026年)6月4日 |
| 施行 | 令和8年(2026年)6月4日(一部、令和9年〈2027年〉4月1日) |
公布と同時に施行されており、一部の規定は2027年4月1日から適用されます。今後、この装備を搭載した新型車が市場に登場してくることが見込まれます。
整備業界への影響──知っておきたい3つの視点
新しい安全装備が増えることは、整備事業者にとっても無関係ではありません。実務面で押さえておきたいポイントを整理します。
① 点検・整備の対象装備が増える
今後、車両後退表示投影装置を搭載した車両が入庫してくるようになれば、この装置が正常に作動するか、要件に適合しているかを確認する場面が出てきます。新しい灯火類のひとつとして、点検・整備の知識をアップデートしておくことが大切です。
② 後付け・社外品には注意が必要
「光のサインを投影する」という分かりやすい仕組みだけに、社外品や後付け装置のニーズが出てくる可能性があります。しかし、保安基準に定められた要件(色・図柄・位置など)を満たさないものを装着すれば、不正改造となる恐れがあります。ユーザーからカスタムや後付けの相談を受けた際は、適法性の確認が欠かせません。
③ ユーザーへの説明・提案の好材料に
後退時の事故は、駐車場やバック時など日常のあらゆる場面で起こり得ます。安全意識の高いユーザーにとって、新しい安全装備は関心の高いトピックです。「こんな新技術が解禁されましたよ」という最新情報を提供できること自体が、整備工場の付加価値になります。
「光のサイン」が当たり前になる日も近い
バックランプ、バックブザー、そして路面への図柄投影。後退の意図を周囲に伝える手段が、また一つ増えました。
足元の光で「下がります」を伝えるという発想は、音にもランプにも気づきにくい場面でこそ力を発揮します。スーパーの駐車場で、住宅街の路地で、こうした装備が一台でも増えれば、ヒヤリとする場面はその分だけ減っていくはずです。
数年後には、後退時に路面へマークが浮かぶクルマを街なかで見かけるのが、ごく当たり前の光景になっているかもしれません。整備の現場でも、新しい灯火類のひとつとして向き合う機会が確実に増えていきます。今のうちから装置の仕組みや要件に触れておくことが、これからのユーザー対応にきっと役立つはずです。
参考:国土交通省 報道発表資料(令和8年6月4日) 「後退時の安全性を高めるライト、装備可能に!~道路運送車両の保安基準等の改正について~」 https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha10_hh_000345.html